こんにちは。

久々にケンタッキーのフライドチキンを食べて胸焼けを起こした山田圭一郎です。

結婚して群馬に帰ってきて、竹井先生のヘルシーな料理に慣れてきていたので、久々に食べたファーストフードで胃がムカムカ。

同じく竹井先生もムカムカしてダウン。

やっぱり脂っこいなぁ。

今までよく平気で食べてたなぁと思います。

 

さて、今回は僕にとって悲しいご報告です。

僕の以前の勤務教室であり、僕をプロのダンサーとしてここまで育ててくれた恩師、伊藤金四郎先生の教室が今月限りで閉鎖することになりました。

とても残念でなりません。

 

山田圭一郎と伊藤金四郎先生

僕と伊藤先生がであったのは、たしか2007年ごろだったと思います。

当時社会人として忙しく働いていた毎日に嫌気がさしていた頃だったと思います。

大学生でダンスを本格的に始め、社会人になってダンスから離れると、社交ダンスの禁断症状が出ます。

しかし、仕事で忙しい毎日を送っていたため、ダンスどころではなかったのです。

 

そんな時に、大学の女友達が練習相手になってくれと声をかけてくれました。

月に一度程度でいいから、ということで、練習相手として組んでいました。

その女友達が伊藤先生と顔見知りで、事情を話したところ「その男の子、一度連れてきなさい。無料でレッスンしてあげるから。」と。

 

無料ならいいか、と、一度レッスンを受けたところ「是非うちで働かないか?」と声をかけてくださいました。

最初は断っていましたが、熱心に何度も声をかけてくださり、単調な毎日に嫌気がさしていたのとダンスの楽しさが忘れられないので、是非にということでお誘いに乗った次第です。

 

伊藤金四郎ダンススタジオ勤務の数年間

伊藤金四郎ダンススタジオに勤務して、それまでの生活は一変しました。

ダンス漬けの毎日と、スタッフの自主性を重んじた自由な社風が、僕の最高に居心地の良い空間でした。

好きなことを仕事に出来る人は中々いないと言われる中、僕は本当に恵まれていたと思います。

 

伊藤先生は、僕らスタッフを本当の子供の様に可愛がってくれました。

そして、プロとしてのあり方を一から十まで教えてくれました。

ダンスの指導も日々してくださいました。

今の自分があるのは、伊藤先生のおかげです

伊藤金四郎先生

 

そして閉鎖へ

そんな折、僕が家庭の事情で群馬に帰らなければならなくなりました。

今年2014年の8月です。

それから2ヶ月、あっという間の閉鎖の知らせでした。

今僕がこうしていられるのも伊藤先生ご夫妻と伊藤金四郎ダンススタジオのおかげなので、思い出の教室が無くなるのは何とも寂しいものです。

伊藤金四郎ダンススタジオのスタッフ

 

スタジオオープンから25年、本当に長い間お疲れ様でした

そして、本当にありがとうございました

また、近いうちに竹井とともに遊びに行きます。

この記事を書いた人

山田圭一郎
山田圭一郎

玉村ダンススクール公式ウェブサイトの管理人です。

JDCプロスタンダードA級ファイナリスト、JDCプロラテンアメリカンA級セミファイナリスト、全日本10ダンス選手権ファイナリストとして現役で活躍中。

パートナーの竹井先生と共に、玉村ダンススクールに勤務しています。